原子爆弾(げんしばくだん、英: Atomic bomb、原爆)は、ウランやプルトニウムなどの原子核が起こす核分裂反応を使用した核爆弾で、初めて実用化された核兵器でもある。水素爆弾を含めて「原水爆」とも呼ばれる。
核兵器は通常兵器と比較して威力が極めて大きいため、大量破壊兵器として核不拡散条約や部分的核実験禁止条約などで規制されており、核廃絶を求める主張もある。
原子爆弾の開発[編集]
「核実験の一覧」も参照
第二次世界大戦下においてドイツ、日本、アメリカ合衆国、イギリスなどで開発が行われた。1945年にアメリカによって初めての核実験が行われて以降、冷戦期にアメリカ・ソ連・フランスを中心に約2,000回の核実験が行われている。
原子爆弾はアメリカ合衆国が最初に開発に成功した。開発は1942年からのマンハッタン計画で進められ、1945年7月16日にニューメキシコ州のアラモゴード軍事基地の近郊の砂漠で人類最初の原爆実験(トリニティ実験)が実行された。この原子爆弾のコードネームはガジェット (Gadget) と呼ばれた。
ソビエト連邦の原子爆弾開発は、1943年にソビエト連邦共産党書記長であるスターリンが原子力プログラムの開始を命じ、核物理学者イーゴリ・クルチャトフがプロジェクトの責任者となって進められた。1949年8月29日、カザフ共和国(当時)のセミパラチンスク核実験場において最初の核実験(プルトニウム型原爆RDS-1)が成功した。
イギリスは、1952年10月3日にモンテベロ諸島と西オーストラリアの間の珊瑚礁で最初の核実験(ハリケーン作戦)を行った。使用された原子爆弾は、長崎に落とされたファットマンの改良型である。セラフィールドで生産したプルトニウムが足りなかったので、カナダから供給されたプルトニウムで補ったとされる。
フランスも第二次世界大戦勃発直後から核兵器開発を始めたが、ドイツ軍のフランス侵攻によりフランス本土はドイツの占領下におかれ、研究者達は亡命し計画は停滞した。戦後、亡命した科学者たちが帰国すると次世代エネルギーの開発という名目で、1948年から重水炉が稼動して原子力開発が始まった。その後、紆余曲折を経て1956年に原子爆弾実験と核融合研究の実施を決定した。1958年には発電用原子炉で、年間40kgのプルトニウムを生産する能力を持つようになり、1960年2月13日にアルジェリア領のサハラ砂漠で核実験を成功して、4番目の核保有国になった。フランスは1960年から1996年までの間に核実験をサハラ砂漠で17回実施、仏領ポリネシアで193回実施した(フランスの核兵器に関する詳細は「フランスの核兵器」を参照)。
中国は、1960年代当初から第9学会と呼ばれる研究都市を海北チベット族自治州に設けて、核開発を推進してきた。1964年10月16日に初の原子爆弾実験に成功し、1967年6月17日に初の水素爆弾実験に成功した。
インドは1974年5月18日に初の核実験を行なっている。
パキスタンは1998年5月28日に初の核実験を行なっている。
北朝鮮は2006年10月9日に初の核実験を行なっている。
米国による日本への2発の原爆使用後、第二次世界大戦後の東西冷戦の激化とともに、アメリカ合衆国やソビエト連邦を中心に破壊力の大きな戦略兵器として原子爆弾の改良が進められた。核出力を100キロトン以上に強大化した大型原爆や、熱核反応も加えて300キロトン程度に増強した強化原爆が開発された。また戦略用だけでなく戦術用での使用が可能なように小型化も進められ、当初は4-5トンほどだった重量を大砲より発射できる核砲弾[2]や核無反動砲[3]といった小型のものが開発された。幸い実戦での使用は行われていない。
原子爆弾の理論と構造[編集]
核分裂に関する理論[編集]
エネルギー[編集]
原子爆弾のエネルギーは、原子が核分裂反応するときに放出するエネルギーであり、原子核を構成する陽子間の電磁ポテンシャルを運動エネルギーとして取り出すものであり、通常兵器がTNT火薬などの化学反応により、原子の結合エネルギー(原子を構成する電子軌道のエネルギー)を取り出すものであることと原理的に異なる。
そのエネルギーの大きさは、同量のエネルギーのTNT火薬の重量にTNT換算して評価するが、これで評価できるのは爆発時の破壊力だけであり、核兵器の使用に伴う放射線障害や放射能汚染は考慮されていない。
核分裂[編集]
詳細は「核分裂反応」を参照
原子核を構成する核子は核力によって互いに強く引力を受ける一方、原子核中の陽子は電磁力により極めて強い斥力を受ける。 通常原子スケールでは核力の方がはるかに強いが、核力は距離に対し指数関数的に減少する一方、電磁気力は二乗でしか減衰しない。このため、原子番号の大きな原子核では、電磁気力が打ち勝ち分裂する余地が生まれる。ひとたび分裂すればもはや核力による引力はほとんど受けず、電磁気による斥力で極めて高いエネルギーを持ち互いに離れていく。具体的な現象としては中性子を吸収させて核子の数のバランスを崩すと原子核が液滴のように二つに分裂することがある。これを原子核分裂と呼ぶ。この核分裂によって、分裂前後の核子の結合エネルギーの差分が外部に放出される。
連鎖反応[編集]
詳細は「反応度 (原子力)」を参照
核分裂の際には通常数個の中性子が外部に放出される。そのため、核分裂を起こす物質が隣接して大量に存在する場合には、核分裂で放出された中性子を別の原子核が吸収してさらに分裂する、という反応が連鎖的に起こることがある。このような反応を核分裂の「連鎖反応」と呼ぶ。核分裂性物質の量が少ない場合には連鎖反応は短時間で終息するが、ある一定の量を超えると中性子の吸収数と放出数が釣り合って連鎖反応が持続することになる。この状態を「臨界状態(あるいは単に臨界)」といい、臨界状態となる核分裂性物質の量を臨界量と呼ぶ。発電等に用いられる原子炉ではこの臨界状態を制御しながら保持して一定のエネルギー出力を得ている。原子爆弾に用いられる場合も、核分裂性物質を制御された短時間で臨界状態にする必要がある。
核分裂性物質が臨界量を大幅に超えて存在する場合には、分裂反応を繰り返すごとに中性子の数が指数関数的に増加(英語版)し、反応が暴走的に進む。この状態を「超臨界状態」(物性物理学における超臨界とは意味が異なることに注意)、または臨界超過と呼ぶ。極わずかな超臨界状態であれば制御可能な領域も存在する(そうでなければ原子炉の起動も出来ない)が、一定以上の超臨界状態の制御は不可能であり兵器としても実用にならない。
ウランとプルトニウム[編集]
核分裂反応を起こす物質(核種)はいくつか存在するが、原子爆弾にはウラン235またはプルトニウム239が用いられる。
ウラン原爆[編集]
ウラン235は広島に投下された原子爆弾で用いられた。天然ウランに含まれるウラン235の割合はわずか0.7%で残りは核分裂を起こしにくいウラン238である。そのため、原爆に用いるためにはウラン235の濃度を通常90%以上に高めなければならず、辛うじて核爆発を引き起こす程度でも最低70%以上の濃縮ウランが必要となる。放射能が少ないために取り扱いは容易であるが、ウラン濃縮には大変高度な技術力と大規模な設備、大量のエネルギーが必要とされる。.ウランは後述の砲身方式、爆縮方式のどちらでも使用可能である。
ウラン濃縮による原爆製造は初期設備投資は比較的安価だが、電力を大量に消費し運転経費がかかる上、同じ核物質の量でプルトニウムより少ない数の原爆しか作れないため、原爆1個あたりの製造コストはプルトニウム原爆より高価になる。一方で、ウラン濃縮施設はプルトニウム生産黒鉛炉と違って地下に設置しやすく大量の赤外線を放射しないので偵察衛星に位置を察知されにくい。また、砲身方式は必要臨界量が多く製造効率が甚だ悪いものの、核実験なしでも核兵器を持てる。そのため核開発初期段階の国はウラン原爆と砲身方式の組み合わせを選択する場合が多い。イランの核開発もウラン原爆計画が主体である。
マンハッタン計画で、ウラン235が臨界質量以下の小片を2つ合体させ、臨界質量以上にすることにより容易に核分裂連鎖反応を開始できることが明らかになったため、広島型原爆には後述の砲身方式が選択された。砲身方式においてウラン原爆の臨界量は100%ウラン235の金属で22kgとされている[4]。広島型原爆ではウラン235が約60kg使用されたとされる(全ウランに対するウラン235の割合が80%の濃縮ウラン75kg)[5]。
プルトニウム原爆[編集]
プルトニウム239は自然界には殆んど存在しない重金属であるが、原子炉(燃料転換率の高い原子炉が望ましい)内でウラン238が中性子を吸収することで副産物として作られるため、ウランのような大量の電力を消費する濃縮過程を必要とせず、原子炉で電力が得られるという利点もある。また臨界量が5kgとウラン235に比べてかなり少量で済む利点がある[4]。
プルトニウムは放射能が強いため取り扱いは難しく、生産に黒鉛炉または重水炉、再処理工場の建設費がかかるが、副産物として電力が得られ、1発あたり生産コストがトータルではウラン原爆より安価に済み、核兵器量産に向くため、現在は5大国と北朝鮮の核兵器生産はプルトニウムが主体である。
しかし通常の工程で生成されるプルトニウムには、プルトニウム240が兵器として使用できる許容量を超えるレベルで含まれており、このプルトニウム240は高い確率で自発核分裂を起こす性質を持っている。このため、砲身方式ではプルトニウム全体が超臨界に達する前に一部で自発核分裂が起きて爆弾が四散してしまうなど、効率の良い爆発を起こすことが難しい。したがって密度の低いプルトニウムを球状にし、爆縮によって密度を高め核分裂連鎖反応を開始させる爆縮方式が用いられる。また核分裂連鎖反応が開始されてからプルトニウム239が飛散して終了するまでの反応効率が砲身方式よりも高いというメリットもある。長崎に投下された原子爆弾にはこのタイプが用いられた。
なお、爆縮方式を用いる場合でもプルトニウム240の含有量が7%を超えると過早爆発の原因になり、核兵器製造に向かない。日本の原子力発電で使われている軽水炉の使用済み燃料抽出プルトニウムはプルトニウム240を22-30%前後含有し、プルトニウム240を分離しないと核兵器に使えない。核兵器製造にはプルトニウム240含有量が7%以下の兵器用プルトニウムが得られる黒鉛炉やカナダ型重水炉もしくは高速増殖炉(日本には常陽ともんじゅがある)を使うのが普通で、北朝鮮の原爆計画の主力であるプルトニウム計画は黒鉛炉、イラン原爆計画において傍流であるプルトニウム原爆計画では重水炉が使用されている。